いかがお過ごしでしょうか。 ゲストハウス3710(ミナト)、代表の加藤です。 首都圏はもう、桜の便りが聞こえる頃でしょうか? こちらはまだ少し肌寒いですが、寒さの峠は越えた気がしています。 私 […]
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冬の宮古や三陸地域について
遠方にお住まいの皆様、こんにちは。 ゲストハウス3710、代表の加藤です。 昨年の秋からの熊のニュースや地震、そして連日の寒波報道を見て、「今は東北への旅行は控えたほうがいいかな」と気を遣われている方も多いのではないで […]
英語によって、宮古から世界へ
いかがお過ごしでしょうか。 加藤です。 今年度、ご縁があって「宮古市地域通訳案内士」研修の英語講師を務めさせていただきました。 私の講義はつたない部分もあったかと思いますが、これまで宮古で経験してきたことを […]
超帰省プランについて
友達と一緒に、宮古へ帰ろう! お疲れ様です。 加藤です。 FacebookやInstagramにもあげましたが、「超帰省プラン」始めます。 宮古出身の大学生の皆さん、春休みは宮古に帰りませんか? 「超帰省(ちょうきせい) […]
津波の語り部-私の話は以上です-
私が津波の語り部をするのは田老を遺すためです。 震災当時約4400人いた田老の人口は、この14年で約2千人減少しました。 今後、田老のコミュニティはさらに縮小します。 それでも、田老という場所を覚えている人がいれば、それ […]
津波の語り部ブログ-田老の堤防について-
「堤防は街を守れなかった。役に立たなかった」のか。 「あの堤防があったから、あれくらいの被害で済んだ」のか。 田老の堤防は今後どんな評価を受けるのだろう。 堤防を「万里の長城」と紹介されるとぞ […]
津波の語り部-「がんばっぺ」と思えたときのこと
東日本大震災から3ヶ月くらいの間、「油断すると涙が出る」状態だった。 現実を受け止められるまで、そのくらいの時間がかかった、ということなのだと思う。 前に書いた通り、震災直後は灯油の入ったポリ缶やガスボンベ […]
津波の語り部-震災から10目くらいまでのこと③-
小学生のころから彼を知っていたが、ちゃんと話をしたことはなかった。 ときどき給油に来てくれた。 どことなく気になる存在だった。 控えめで、いつも少し照れたように会釈をする人だった。 彼の遺体は私の自宅から近 […]
津波の語り部-震災から10日目くらいまでのこと②-
大叔父の遺体を確認するため、父親と一緒に遺体安置所に行った。 遺体安置所と言っても、地元の某体育館、私もよく知っている場所がそのような使われ方をしていただけなのだが。 悲しみと緊張でハラハラとしながら、ゆっ […]
津波の語り部-震災から10日目くらいまでのこと①-
震災の翌日から10日間、従姉妹の家で寝泊まりし、そこから自宅とお店(ガソリンスタンド)のあった田老の中心部へ歩いて通った。 とりあえずの私の仕事は津波で流されたガスボンベと灯油缶を回収して一か所にまとめるこ […]









